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第七百十八話_short トトとフリオと公園で [news(時事ネタ)]

 事務所から五分くらいのところにある公園。ここは庭みたいなものでこの十数年、毎日のように通ってきた。その北東にあるコンクリートのベンチに、フリオは静かに腰掛けていた。膝の上には長い年月にわたって友であリ続けた愛犬のトトがいる。若い頃はこんなにじっとしていることはなかったし、フリオ自身もこうして黙ってベンチに座っていることもなかった。

「そうか、こいつがうちに迷い込んできたのはもう十四年も前か。ということはオレもまだ五十をちょっと過ぎたばかりだったのだな」

 いつも一緒にいるからお互いに歳のことなど考えたこともなかったが、こうして改まってみると実に長い年月が過ぎ去ってしまったことに気がつく。それがいいことなのかよくないことなのかそれはわからないが、自分自身では十四年経ってもなにひとつ変わっていないように思える。

 だが、膝の上の愛犬はあの走り回っていた頃の姿は見る影もなく、哀れにもやせ細ってふたまわりほども小さくなってしまった。トトは今年十九歳、微かに息はしているものの、いつ逝ってもおかしくないのだと確信している。

「太陽の光に当てたらすっかり元気になったって話を聞いたことがあるよ」

 近所の知り合いにそう言われたときは、そんな馬鹿な話はあるまい。なんかの病気ならそういうことがないとは言い切れないが、老衰で寿命が亡くなっている犬がいまさら太陽の光で生まれ変わるわけがない。そう思ったのだが、考えてみれば息子のような愛犬を陽の光に充てて悪いはずもあるまい。この公園にも長いこと来ていないし、と考え直してトトを抱き上げた。

 本当は専用ベッドの上で息絶え絶えになっているトトを動かすのはかわいそうかとも思えたが、いやいや、最後に大好きだった公園を見せてやるのもいいだろうと自分に言い聞かせた。

 トトは膝の上で静かに眠っている。ニ、三日前までは、ときおり目を覚まして「あん、あん」と吠えたのだが、昨日からその声も出なくなった。なにか訴えるように吠えようとするのだが、声が出ないのだ。

「今夜あたりじゃない?」

 事務所の女の子が言った。

 そうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。

 もう一週間ほど前から、トトの目から力が失われ、いよいよ今日じゃないかと毎日のように思ってきたが、ご飯も食べないのに生き続けている。生命力とはすごいものだなと感心もするが、一方では何も食べないというのは逝く準備をしているのだともわかっている。

「今日は私も事務所に泊まろうかな。朝までトトの傍にいたいから」

 事務所の別の女史がそう言ってくれた。でも、たぶん、今夜はまだ逝かないと思う。いや、まだ逝って欲しくないんだ。

 フリオ自身はとっくに覚悟を決めて、友人とお別れする心の準備はできているのだが、それでもたった一日でもこの膝の上のぬくもりを失いたくないという感情に支配されている。 

 膝の上でゆっくりと息をしている生き物が、自分の一部であるという思いがふと浮かびあがった。

 こいつの息が止まったら、オレの心臓も止まってしまうかもしれない。急にそんな風に思えてきたのだ。まぁ、それも悪くないか。まだまだやり残したことはあるのだけれども、そういうのはキリがないしな。一通りのことは既にやってしまったわけだし。ここでこいつと一緒にあの世に行くのも悪い選択肢ではないのかもな。

 常にポジティブにしか考えないフリオだったが、トトと一緒に逝くことは決してネガティブなことではないような気がしてきたのだ。

 公園の北東にあるコンクリートのベンチに、初老の男が座っている。午後の日差しの中で気持ちよさそうだなと、通りかかる人々は思った。よく見ると膝の上にはグレーの動物……犬らしきものがのっかっている。男も犬もただ黙って座っている。もう二時間余りもそうしているのではないか。風が吹いて、男の傍にある桜の木が揺れたが、男は微動だにしない。座って、頭を垂れて、まるで犬を全身で守ろうとするかのように覆いかぶさろうとしている感じだ。

 ベンチの男はいつまでもいつまでも犬を抱きかかえたまま、その場所から動くことはなかった。 

toto.jpg 

                      了


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