第五百八十三話_short 偲ぶ会の夜に [literary(文学)]
ずいぶんと久しぶりに招集がかかった。去年の前半まではよく行っていた立ち飲み屋だ。場末と呼ぶべきくらいの安物の店なのだけれども、昔から地元の著名人や業界人が飲みに着続けてきた老舗だ。私が住んでいるエリアではないので、誰かに誘われなければ足を向けることはないのだが、去年は月に一度くらいのペースで集まったものだ。
「いやぁ、久しぶりだなぁ」
「そうだね、あの日からもうすぐ一年になるんだもの」
あの日とは、この店で飲むときの中心人物だった我々の大先輩が急逝した日のことだ。まだ六十歳も半ばで、まさかそんなに早く逝ってしまうとは誰も考えてもみなかった。
「こうやってここで飲んでると、後ろの戸がガラッと開いて、いまにもあの人が入ってきそうじゃないか」
「ほんとそうだ。で、言うんだなぁ。”お! ちゃんと頭使って生きてるか?”って」
「あの人、関西出身だから、すぐに言われるんだ”アホかお前は”って」
「あ、そうそう。俺もよくアホかって言われたな」
「でも、そのアホってのは、馬鹿って言うことでもないんだな」
「ときには面白いこと言うなあっていう褒め言葉だったりしてね」
そんな他愛のない思い出話で酒が進んでいく。生ビールの次はそれぞれに焼酎だったり日本酒だったりを次々と注文してしまう。なんせ安いんだから遠慮する必要もない。
酒が進んでもう故人の話よりは自分たちの近況などで楽しい気分が盛り上がってきたが、また誰かがふと思い出して言う。
「そういえば、お前、入院の直前に一緒に飲んで立って?」
「そうなんだ、入院する三日前に僕はあの人とここで飲んでたんだ」
「俺はその日は仕事で来れなかった。いま思えば残念だ」
「で、その時にひとりごとみたいに言ってたんだよな。どうも腎臓の具合がよくないと医者に言われたって」
「ふーん、わかってたのか」
「で、たぶん冗談だと思うんだけれども、”お前と飲めるのもこれが最後かもな”とか言うから、逆にアホかって言ってやったんだ。でも、あれ、うすうすわかってたっていうか、半分本気で言ってたんだなあ。もっと親身になればよかったと思う……」
言いながら私は涙ぐんでしまった。親でもないのに、なんでここまで悲しみが持続するんだ、あの人は。
店の片隅の壁には誰が貼ったのか、遺影に使われたのと同じ写真が貼られていて、こちらを向いて笑いかけている。なんでそんな写真に目を向けてしまったのか、目から涙があふれ出してきた。誰にも見られないように少し横を向いてお絞りで額を拭うふりをしながら目頭にあてがった。横並びで飲んでいる連中にはバレていないと思うんだけれども。
すると背後から耳元で声が聞こえた。
「アホか、お前。なに泣いとんねん!」
振り返ったが、もちろんそこには誰もいない。
了
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