第六百七十話_short 空虚な関係 [ordinary day(日常)]
「なぁ、ちょっと」
無駄だと知りつつ声をかけてみたが、やはり返事はなかった。
夫婦になってもう三十余年、仲睦まじい夫婦だなんて言われていたはずなのに、どこかでボタンをかけ間違えてしまったのだろう、いまや口もきかない、返事もしない、お互いの存在を無視し合うような関係になってしまった。
最初は重苦しい空気を感じてなんとかしなければともがき苦しんだのだが、なにをどのようにしても妻の態度は変わらず、そのうちに慣れてしまった。
そもそも夫婦なんてものは、長年連れ添ううちにお互いが空気のような存在になってしまうというようなことは世間でもよく言われることで、うちにしてみても案外特別なことでもないのかもしれない。だいたい会話なんてものだって、長年一緒に暮らしていればとりたてて話すことなどなくなってしまうし、考え方も似てくるから相手がなにを考えているかなんてツーカーでわかるというようなものだ。家に帰ると全く口をきかない旦那なんて大昔からいたものだ。ところがうちの場合は夫ではなく妻の方が口をきかない。むしろ私は時折声をかけてみるのだが、返事どころか反応も帰ってこないのだ。つまり、無視され続けているということだ。
いくら慣れてきたといえども、元来人から無視されるのがだいきらいな私にとって、本当のところはこれほど辛いことはないのだ。
「なぁおまえ。たまには返事くらいしたらどうなんだ?」
虚しく言ってみる。だがやはり返事はない。妻は黒枠の中で笑いかけているだけなのだ。
了
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