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第六百九十話_short 土の下に暮らす [allegory(寓意)]

 最初はみんなと同じように暮らしていたさ。なにも考えずに。いや、余計なことなど考える必要がなかった。たいていはそのまま成人して、年老いていくものなのだろうけれど、中には余計なことを考えるようになって、そのうち余計なことしか考えなくなってしまう人間もいるんだね、私のように。

 そうなると非常に日常生活がつらくなる。だって日常生活の中には余計なことがあふれていて、そのことばかりを考えているわけだから、息を吸うのすら苦しくなるんだよ。そうなると息をつめて毎日を送るようなことになって、やがてほんとうに息がつまりそうになって、私は土の中に潜り込んだんだ。

 土の下っていうのは人が思うほど悪いものではない。冬は暖かいし、夏はひんやりして心地いい。死体を埋めるようなイメージがあるから、なんとなく忌むべき場所のように思われているけれども、そうではないんだ。土の下に住む生物だって思いのほかたくさんいるんだよ。土竜や蚯蚓はしっているよね。ほかにもネズミや野兎なんかも穴を掘って土の中。多くの虫たちは幼虫の頃を土の中で過ごして、成虫になると地上に上がるというものもいるね。

 とにかく土の下というのは海と同じように生命力に溢れていて、静かで穏やかで、過ごしやすい平和な場所だと断言できる。私のようなものでさえ迎え入れてくれる場所なんだよ。

 土の下なんて息はできるのかって思う人もいるかもしれないが、存外、人間というものは多くの場所に適応できるんだ。土は水よりも粒子がかなり荒いから、その隙間には空気もたくさん含まれていて、地上で息を詰めていることを思えば、全然大丈夫。ふつうに息をしているよ。食べ物だって地上の果実のように芋や根や、種とかいろいろ手に入るし。

 この頃少しだけ不安がよぎるのは、将来どうするかっていうことなんだ。ここはとても居心地が良すぎて、もう死ぬまで安住してしまいそうなんだ。まぁ、それも悪くはないとも考えるんだけれども、もともとは地上で生まれた者としては、やはり死ぬ時は地上でなんて思ったりもするわけさ。そうするためにはもうそろそろ地上に復帰した方がいいのかもしれないなとか思うんだ。

 人知れず静かに土の下で暮らしている人間が、地上に出るには結構な勇気が必要になるよ。そりゃあそうでしょう。隠遁生活者が都会に出るような感じだもの。暗闇からいきなり光の中にさらされるような。ね、そう思うとまた、別にこのままでもいいんじゃあないかなんて気持ちがもたげてきてね。

 うーん、どうしようか。まぁ、まだそんなに歳を食っているわけでもなし、まだもう少し思考する時間はあるななんて自分をごまかしてはいるものの、実は結構歳ばかり食ってるんだよね。そろそろ病気で死んでいく同世代も増えているような年代だから。

 土の下か、地上か。土の中か、地表か、土の下か…… 

土の下.png 

                      了


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