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第六百八十九話_short 風の歌は聴こえるか [horror(戦慄)]

 なんでそう思ったのだかわからない。

「風の歌を聴け」は、かの村上春樹の処女作品だ。そして大森一樹が映画にもした。僕は本も読んだし、映画も観た。しかしそれはあまりにも昔、青春の頃のことなので、その内容たるやほとんど覚えていなくて、ところどころうっすらと覚えているだけだ。それなのに、「風の歌を聴け」という表題だけは鮮明に覚えている。

「風の歌が聴きたい」という映画もあった。大林宣彦監督が撮った沖縄でトライアスロンに参加した身体障害者の話だ。ああなんだか村上春樹の小説タイトルに似ているなと思ったけれども、内容は全く違ういい話だった。

「風の歌を聴かせて」なんていう桑田佳祐の歌もあるようだし、どうやら「風の歌」という言葉を人はなにかしら惹かれるものがあるようだ。

 ところでいったい、風の歌ってそもそもなんのことなの? 単純にそれは風の音に違いない。風が吹くときになにかと衝突する音や摩擦音、あるいはなにも障壁はなくとも風だけが奏でる不思議な音。

 そう、たぶん、なにも見えないのに音がすること、そこになにやら不思議な、妖しい、奇妙な感覚を覚えるから、好奇心が向けられるのだろう。まるで誰かが息を吹きかけているような風の音、それを擬人化するから「歌」になるのだろう。

 さて、僕自身は風の音をどう思っているのかと言うと、文学的素養を持ってしても、風の音を「風の歌」として受け止めた記憶はなかった。いや、逆に言うとそんな森羅万象の一つでさえ詩的に感じられない僕には文学的素養のかけらも存在していないというべきなのだろうか。とにかく、窓枠をかすかに揺らす風の音に不気味さを感じても、それはただの風なんだと認識し、窓外の台風を眺めながら、災害に巻き込まれなければよいがと冷静に思うだけで、そこから文学めいた表現を編みだしたことがない。

 だがたったいま、これまでになかった恐怖を感じている。はじめての田舎道を歩いているいま。 

 ほら、聴こえないかい? 樹木に覆われた道の天井には薄暗い空が見えるだけで、風は木々をかすかに揺らしている。そのざわざわとした風の音以外になにかかすかに聞こえるあの声。あれは風の音? それともあれが風の歌なのだろうか。

 女の人の声のようにも思えるし、なにかメロディを歌っているようにも聴こえる。そんな不思議な声がかすかに聴こえない?

「た~す~け~て~……わ~た~し~は~こ~~こ~~よ~~~た~す~け~て~……」 

風.jpg 

                      了


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