第七百五十一話_short 究極のおしゃれ人 [literary(文学)]
「いいですか、箪笥や押し入れの中に入っている衣類を一度、全部出すんです。それからひとつずつ手にとって、ときめくかどうかを調べてください。もし、ときめかなかったら捨ててしまうんです……」
最近流行りの「断捨離」を実行している友人が、どこからか仕入れてきた断捨離の方法をみんなに伝授していた。ところがひとり、反旗を翻す者が現れた。
「なに眠たいこと言ってるんですか。今や断捨離はもう古いですよ」
「古いですって? 断捨離に古いも何もありませんよ!」
反対意見を言われて頭に来たのか、少し声が荒くなっていた。
「いやほんとうに。そもそもモノを持つからいけないんです。私はこれからはミニマリストの時代だといいたい」
「ミニマリストですって? なんですそれは?」
別の人間が興味深そうに聞くと、ミニマリストを薦めた人は我が意を得たりとばかりに話しだした。
「あのね、こないだ仕入れた情報ですけど、世の中のかしこい人は本当に必要なものだけで暮らしているのです。服なんていい物だけをニ、三着持ってればいいんです。たとえばほら、有名なのはアインシュタインとかスティーブ・ジョブス。この人たちのワードローブには同じ黒い服が数着入っているだけ。今日は何を着ようかなんて余計なことを考えずに済むそうです。たいした仕事をする人たちはね、服選びみたいなつまらないことに頭を使う時間は無いそうですね」
「なるほど。しかしそうなるとその”いい物”っていうのもなんだか必要ないような……」
「その通り! そうなんです。服なんて暑さや寒さを凌げたらいいんです。それに洗い替えの一着があればいいんです。そうやってどんどん突き詰めていくとね、服だけじゃない、家の中はいらないモノだらけ」
しまいには、ウルグアイかどこかの世界一貧乏な大統領の話まではじまって、とにかくモノを持つことが幸せだなんて幻想は捨てるべきなんだという大胆なことまで取りざたされた。
「これこそが究極のおしゃれな生き方だと思うんですよ私は!」
そこにいるほぼ全員がすっかりミニマリストの話に興味を持つようになった頃、一人が訊ねた。
「で、その素晴らしい話の出どころはどこなんです?」
「ああ、もうすぐその辺に来ると思いますよ……ほら、あそこ。あの人です」
見ると、着る服なんておそらく言っちゃくだけではないかと思われる人物が、家財道具一式がコンパクトに収められているのであろうリヤカーを引いて通りがかった。確かにモノを持たないことでは随一かと思われるホームレスのおじさんだった。
了
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