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第七百五十三話_short Life is Music [literary(文学)]

 レッスンをはじめた頃、師匠から教わったのは、「息をするように練習をしろ」ということだった。

 私が手にしたものは笛だったので、呼吸法のことかと思ったが、そうではなかった。呼吸するのと同じくらいになるまで練習を重ねなさいということだったのだ。

 その頃はプロの笛吹きになるために必死だった。毎日毎日笛を吹いてはいたが、その練習時間にはムラがあり、時には練習をすっぽかして遊んでしまったりもしたものだ。

「たまに遊ぶのは良い。だが、毎日、たとえ一時間でも練習するのだ。だができる限り、一日中笛を吹き続けるのだ。笛と喉とが一体になって、まるで呼吸をするのと同じように笛が吹けるようになったとき、お前は名人と呼ばれるようになる。その時、笛はお前の身体の一部になったかのように感じられるだろう」

 あれからニ十年が過ぎたが、未だ呼吸と笛は別物だ。それどころか、最近は笛を吹くことにも飽きてしまい、できれば笛を吹かない日を設けたいと思ってしまうこともあるのだ。

 師匠もとおにこの世の人間ではなくなってしまい、だからというわけではないが、私の心が慢心してしまっているのかもしれない。そうは思うが、二十年も笛を吹き続けているとまんねりに鳴るのも当然だと思う。

 もう休みたい。別に名人と呼ばれなくてもいい。ふつうに笛が吹けて食べていかれたらそれでいい。息をするように笛を吹くなんてまっぴらごめんだ。

 ある日私は、ついに笛を吹くのを忘れて遊び呆けてしまった。遊び仲間たちとバーやスナックでひとしきり飲んで騒いで酔い潰れてしまったらしい。気がつくと公園のベンチに横たわっていた。

「寒い」

 凍えそうになって目を覚まして、今日は笛を吹くのを忘れてしまったなと思った。同時になんだか息苦しさを感じた。

 なんだ、これは? 飲みすぎたからか?

 私は気がついた。息をするのを忘れてしまっていたのだ。 

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                      了


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