第七百六十九話_short 新大人の時代 [literary(文学)]
「どぅお? 似合う?」
知世がグレーのコートを脱ぐとほっそりとした下肢を支える肉感的な太ももが現れた。マイクロミニといってもいいほど短い丈のスカートに満雄の胸は動悸を早めた。
「おお! 似合うどころか眩しいくらいじゃないか」
「まぁ、お上手。あなたも今夜は決めてきたのね」
普段ジーンズかスウェットパンツしか履かない満雄だが、今夜はずいぶん昔から持っている黒いスゥエードのジャケットを羽織ってきていたのだ。なにしろ今夜は久しぶりに昔の仲間たちが集まるということなので、あんまりみすぼらしいのも恥ずかしいと思ったからだ。
「これ、ほら、バブルの頃によく着てたんだ」
「まぁ、モノ持ちがいいのね」
男は特に歳を取るともともと興味の薄いおしゃれとの距離がますます大きくなり、新しいスーツなど手に入れたいとも思わないものだ。それに引き換え女ときたら……いくつになっても服が好きな生き物だ。
ほどなく他の仲間たち、剛、貴美子、篤と美津子夫妻も到着したのでビールで乾杯すると一気に昔通りの空気がよみがえった。
「で、今日はなんの集まりだい?」
篤が訊ねると剛が答えた。
「まぁ、ミニ同窓会みたいなもんなんだけど、ちょっとした提案があってね」
「提案?」
かつて広告代理店に勤めていた篤は、昔から世の中の潮流に詳しく、いつもなにかしら新しいことを言い出す。
「ああ、おいおい伝えるよ。そんなことより……」
とりあえずは近況報告がはじまって、すぐに懐かし話で盛り上がっていった。
「ところで、今日の知世はスゲーだろ」
満雄が知世のミニ姿に水を向けると貴美子も負けじと大きく開いたブラウスの胸を突出した。
「そうなんだよな、ミニスカート文化ってのは俺たち世代が作ったんだ」
篤の弁がはじまった。
「もちろん、それまでにも礎はあったんだろうけどね、アイビーやジーンズ、タートルネック、ミニスカート、全部俺たちの時代に流行り出したんだ」
「あ、ファッションだけじゃないぜ、テレビゲームだって俺たち世代がハシリだ」
「ビートルズ、カラオケ、ロック、ニューミュージック、フュージョンジャズ」
「漫画、アニメ、サブカル」
それぞれが得意分野のことをそれぞれに口にしはじめたところで、篤が中に入った。
「そうそう、そういうことなんだ。俺たちはいつも新しい時代をつくってきたのに、いまやなんだ? シニアだのシルバーだの言うけど、しっくりくる?」
「そうそう、孫からジイジって言われるのはいいが、他人から爺さんなんて言われたくないね」
「ほんと。私なんか外では、ウフ……お姉さんって呼ばせるようにしてるわ」
みんなの同意を得て篤が宣言した。
「そうなんだよ。自分がシニアだなんて枠組みに入れちゃうと、妙に年寄りっぽくなっちゃうぞ。俺たち年寄りなんかじゃないし、シニアでもない。いま、世の中では俺たち世代を”新・大人”って言いはじめてるんだ。だから僕はそういうことをみんなに知らせたかったのさ」
既にみんなが自覚しているシニアという呼称の違和感。だからといってそれを受け入れるのではなくて、そうではない自分達らしい生き方をしていくべきだ。篤はそのようなことを言い、男性はもちろん女性陣も大いに頷いた。
「今日は思い切ってミニにしてみてよかった。本当は年甲斐もなくってちょっと恥ずかしいかなって思ってた」
「そうよ。 歳を重ねたからって胸や足を見せて悪いはずがないわ!」
男たちはニマニマしながら聞いていた。内心ではこう思いながら。
「ま、ありかな。そういうのは若いに越したことはないけど……」
了
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