第七百七十話_short 人生下り坂サイコー! [literary(文学)]
「どんなに辛くても、上り坂を過ぎれば下り坂が待ってますよ。がんばりなさい」
そう言って若者を励ましている老いた修道女がテレビに映し出されていた。
そうだよな、人生山あれば谷あり、上り坂もあれば下り坂もあるよな……そう頷きながらあれ? と思った。諺で言うところの”上り坂もあれば下り坂もある”というのはそういう意味だっけ? なんか違う。上り坂は楽しいときの比喩で、下り坂とは苦しい時のことを表しているはずだけど。
いやいや、そんな古い諺なんてどうでもいいんだ。だって俺、六十を過ぎてからというもの、体力的にも気力的にもどうにも下り坂感を否めなくなっているんだけれども、諺通りなら正にこれは苦しい時代のはじまりということになってしまうから。
自分の老いた姿なんぞ若い時には全く考えたこともなかった。正直言ってごく最近までそうだった。いつまでも若いつもりでいたんだな。ところが六十歳を過ぎた頃から急激に老いを意識しはじめるようになって……主には体力的な衰えを自覚しはじめたからだろうな。だからこそ逆にこのしんどい仕事を引き受けたのだ。
正平は黙々と自転車をこいだ。なにも考えちゃいけない、老いのことなんか。そう思うのだけれども、一人黙って自転車をこいでいるとついついいろんなことを考えてしまう。全国を自転車で行脚するというこの仕事、こんな年寄りにさせるのかと最初は思ったけれども、これがなかなか楽しいのだ。若いスタッフとともにさまざまな土地に自転車で行ってその地の景色や人々と出会う心の旅なんだけれども、それこそ辛い上りもあれば楽な下りもある。 スタッフが構えるビデオカメラを向けられて、つい苦しそうな顔をしてしまうこともあるけれども、そりゃあ人間だものしかたない。
そんなことよりも六十半ばになって身体を使う仕事に挑戦しているおけげで、なんだか体力の衰えにブレーキがかかったような気もするのだ。
苦しい坂を上りつめて、次には全身に風を受け止めながら、俺の下り坂はこんなものだと思った時、自虐的な気持ちも込めて叫んだ。
「人生下り坂サイコー!」
※NHK[こころ旅」から妄想しました。
了
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