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第七百七十七話_short FINE [literary(文学)]

 よく晴れた朝。実優はいつもと同じように玄関の扉を開けて外に出た。

 なにも変わらない、なんということのない一日のはじまり。ただ0冬らしい透明な青空がなんとなくいつもよりも心地よいと感じられて、それが今日という日に相応しいように思えてうれしかった。

 どこという当てもないが、一日で行けるところまで行ってみたいと思った。

 一日で行けるところといっても、飛行機に乗れば北国でも南国でも海外でさえも、どこにだって行けてしまいはするが、そういうことではない。何より航空券を買うようなお金もない。小さなリュックタイプのタウンバッグの中には小銭の入ったお財布が入っているだけだ。電車に乗ってもいいが、できればずっと歩いてみようと思った。疲れたら休めばいい。お腹が空いたらどこかお店に入ればいい。

 どっちに行こう。どの方角に? なにもアイデアは浮かばなかったけれども、普段とは違う方向……南に向かって歩き出した。歩いているうちに身体がほかほかしてきて薄手のダウンジャケットを脱いだ。七分丈のカットソーになると、風が心地よく腕に当った。

「ファイン!」

 普段使う言葉ではないけれども、美しい、あるいは素晴らしいという意味の英語が頭に浮かんできて、誰もいないのに口に出してしまった。

「ファイン、ファイン!」

 この言葉を言うことによって、さらに心地よさが増すような気がした。

  今日は二千十五年十二月七日、月曜日。平日。会社は休みではないのだけれども、行くのを止めた。だって今日は特別な日なんだもの。いつもどおりに過ごすという選択肢もあったのだが、それではあまりにも妻らなすぎると思ったのだ。特別な日にはやはりいつもと違う特別なことをしなけりゃ。

 映画を観る。美術館に行く。買い物をする。ジョギングをする。家でごろごろする。

 いろいろ考えたけれども、どれもさほど日常と変わらないように思えた。

 そうだ、いままでしたことのないことをしよう! そう思いついたのがこの生き先のないミニトリップだった。生き先も決めずに、目的もなくどこかに行ってみるなんてことを、いままでした覚えがない。なんとなく京都へとか、なんとなくお買い物になどという目的の薄い行動は経験住みだが、今回のようなまったく無目的な行動ははじめてだったと思う。

 特別な日……今日はなんだって特別なのかと訊ねられたら、よくはわからないけれども、と前置きをしながら説明しなければならない。天変地異があるわけでも、流星が落っこちてくるわけでも、あるいは私自身が病に冒されてしまったわけでもないのだけれども、とにかくこの世界が今日で終わるらしいのだ。

 それを知っているのは私だけかもしれない。なぜならこのことはニュースでも言わなかったし、周囲の人を見ていても誰もそんなことを言っていない。

 もしかしたら私の頭がおかしくなってそう思い込んでいるだけなのかもしれない。いや、できればそうであってほしい戸mお思うのだけれども。

 とにかく今日でこの世界は終わってしまう。

 人間、今日が最後の一日だとわかったら、いったいなにをするのだろうか。私のように目的なくさまようのだろうか。あるいは愛すべき人と最後の一日を過ごすのだろうか。

 残念なことに、いまの私には最後の一日を一緒にすごすべき人はいない。そしてまた仮にいたとしても、最後の一日を過ごそうなんて言ったら、なにを妄想してるんだ? なんて言われてしまうのかもしれない。

 もうずいぶんと歩いてきた。一時間あまるでも案外遠くまで来られるものだ。既に着たことのない見知らぬ街並みを私は歩いている。今日の一日は、いつ、どのようにして終わるのだろうか。想像もつかないが、確かなことは、うっすらと汗を流しながら知らない街を青空を感じながら歩いているということだけだ。

「ファイン!」

 私はもう一度声に出した。これが最後の言葉だとも思わずに。

 ~FINE~ 

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                      了


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