第七百七十六話_short 三月うさぎ [literary(文学)]
「たいへんだ。遅刻してしまう」
僕は遅刻常習犯だ。決められた時間に着くということが何故だか苦手なのだ。
絶対に遅れないように! そう言われると非常に緊張してしまい、頭の中では三十分前に家を出れば間に合うってことが分かっているのにそれができない。念のためにと思って一時間も前に家を出ると、途中でまだ余裕があってあまり早く着きすぎるのもいやだと思って銀行に寄ったりコンビニで時間をつぶすうちに、気がつくとぎりぎりになっており、慌てて走るのだが結局五分遅れてしまう。
そんなことにならないようにと早めに起きて家で待機する。もうすぐ出かける時間だなと思いながらトイレに行ったりちょっとした用事を済ませていると、しまった!出かける時間を十分も過ぎている! ということになる。
まんよくいい時間に家を出ることもある。ところがそんな時に限って電車がなかなか来なかったり、妙に信号に引っかかってしまったりして、予定より多くの時間が過ぎてしまうことになるのだ。
なんだか何かに呪われているのかもしれない。だいたいどうして他の人たちが約束通りの時間にきちんと行けるのか不思議でならない。
今日はとても大事な日だ。結婚式やお葬式と同じくらい大事な日なのだ。明日のお話をのがすともう金輪際出演することができなくなる。そう、この「千一羽物語+777」は明日で終わりなのだ。今日中に現場にたどり着いて台本を受け取り明日の本番に備えなければならない。それなのになんということか。今日中どころか、これでは明日の本場にさえ間に合いそうもない。
やっぱり呪われている。普段から遅刻常習犯の僕は、ここぞという大事な日にはおおよそ遅刻するか、下手をすれば逃してしまうほどの失態を犯してしまうのだ。
現場への道を駆けながらまるで自分が不思議の国のアリスに出てくる三月ウサギにでもなったような気がした。「大変だ! ティータイムに遅れてしまう!」叫びながら走る三月ウサギ。お伽噺のなかでなら、そのようなキャラクターはかえってキャラが立って重要な役どころになるのだけれども、現実は違う。ただ単に出演を逃してしまうだけだ。出演できないとなればもうそれは存在していないのと同じことなのだ。
大変だ。最後のお話に出られない、つまり存在できないということは、もはやこの世にいないのと同じことなのだ。僕は泣きそうになりながら、それでもただ明日のために走り続けるのだった。
了
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