第六百二十九話_short 悪夢の思い出 [literary(文学)]
恐い本を読んでいてふと思った。そういえば昔はなんだか恐い夢にうなされるようなことがちょくちょくあったなぁ。
悪夢の内容はあまり覚えていないのだけれども、毎日毎日嫌なことが繰り返されて、絶望的な気持ちになったあの感じだけはいまでもなんとなく覚えているような気がするのだ。
毎日続く嫌なことというのは、勉強のことだったか、受検ニッまつわることだったか、あるいはコンクールを目指したクラブ活動のつらさだったのか、よくはおぼえていないのだけれども、きっとそんな日常的なプレッシャーが恐い夢になったのかもしれない。
そういえばひとつだけ具体的に覚えている悪夢がある。自分自身が恐ろしい何かに変身してしまう夢だ。
あの頃、やはり恐い映画かなんかを見て、それが夢に現れたのだろう。その映画は無人島に流れ着いた一行が、食べ物を求めて島を彷徨ううちに、巨大なキノコを見つけて、毒キノコかもしれないと恐れながらもひとりが空腹に勝てずにそれを食べてしまう。刷ると間もなくキノコを食べた人間は巨大なキノコ人間に変身してしまい、他の人間を襲いはじめる。襲われた人間はキノコを口に入れることになって、みんなキノコ人間に変身してしまうというような物語だった。
そう、私は恐ろしいものに変身してしまうのではないかという恐怖に包まれた悪夢を見続けたのだ。
しかし大人になったいまはそんな夢を不思議と見なくなった。
大人になるにつれ、怖いと思うモノが少なくなったのか、あるいは荒唐無稽な恐怖等ないとわかるようになったからか、理由はよくわからないけれども、日々ストレスに満ちた世界に住んでいるにもかかわらず、そのようなものが悪夢になったりしないのだ。
そんなことを考えながら読んでいた古い本を閉じて地面に身体を横たえる。もう長いこと思い出しもしなかった記憶の断片にちょっとした歪のようなものを感じなくもなかった。いや、そんな違和感はきっと気のせいだろう。私はキノコのカサに覆われた腕を持ち上げ、大きなキノコの形をした頭に湧いた痒みを小さなキノコ状の指で掻いた。
了
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