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第六百八十六話_short 偶然のバル [horror(戦慄)]

 奇遇というものは、案外と起こりうるものだ。

 いつもお邪魔するバルでのことだ。その店は程よい広さでカウンターに客が集まり、隣り合ったもの同士での会話も弾むというカジュアルの雰囲気のバルだ。馴染み客ならお互いにやぁとあいさつを交わし、初めて同士であっても、従業員を間にはさんだり、あるいは別の客を通じて知り合いになり、やがて旧知の飲み仲間のように会話を重ねるということになる。

「へぇ~輸入会社を一人で? すごいですね!] 

 この日も偶然隣に座った同年代らしき男と話が弾んだ。

「そういえば、大事なことを言うのを忘れてました」

 そろそろ話も尽きたかなという頃、休日と言うこともありカジュアルな出で立ちの男が思い出したように言った。

「あの、山中に墜落した日航機のこと、覚えていますか?」

「え? ああ、御巣鷹山の?」

「そうです。実は私、あの飛行機に乗る予定だったのです」

 もう三十年も以前の事故だが、いまだに記憶にある。羽田発大阪行きの日航ジャンボ機が群馬の山奥に墜落し、生存者は四名のみだった。その後、政府の陰謀説やら米軍によるものであるとか、さまざまな憶測が今でも飛び交っている事故である。

「私、搭乗時刻ぎりぎりにチェックインしたつもりだったんですが、なぜだか次の便に振り替えられてしまったんですよ。でも、おかげで事故を免れたっていうわけです」

「へぇえーそれはすごい話ですね!」

 御巣鷹山! という言葉が案外と大きな声だったようで、カウンターの少し離れた席で飲んでいた、ゴルフ服のような白いポロシャツの男が遠くから話しかけてきた。

「御巣鷹山とおっしゃいましたね? 実は、私もあの飛行機に乗る予定だったのですよ。仕事相手との打合せが長引いてしまって、あわててタクシーに乗ったのですが、これがまた渋滞に巻き込まれてしまって……車内から電話で次の便に搭乗変更をしたんです。それであのジャンボには乗らなかったんですけどね、後々、会社やら友達から問合せが続きました。みんな私があの飛行機に乗ってたはずだと思っていたんですね」

 すごい偶然があったものだ。三十年も過ぎてから狭いバルの中でお互いに生き延びた者同士が出会うなんて。人生の出会いとは誠に不思議。こういうのを奇遇というのだろうな。私がそう思っていると、ポロシャツのさらに向こう側にいた黒い服の客がフードをかぶったまま声を上げた。

「奇遇ですな!」

 まさかこの人までもが同じジャンボ機に乗り損ねたのだろうか?

「私はあなた方を探していたのです。あの飛行機に乗って命を失うはずだったあなたたちのような人を!」

 男はうつむき加減にこちらに顔を向けた。フードの中は照明の陰になっていてよく見えないが、目だけがらんらんと光っているように見えた。

「私はあの日、十名ほどの命を取り損ねたんです。それが上司に知れてしまって、懲罰を受け、それきっかけで冷遇されるようになってしまったんですよ。だからそのお釣りを取り返すために今日まで……」

 黒いフードの男は足元に置いていた大きなバッグの中からあの死神が持つような鎌を取り出しながらそう言ったのだ。  

死神.jpg                      了


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