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第六百八十八話_short 押してはいけない [allegory(寓意)]

 都会のマンションからとある田舎の古民家に引っ越してきた。実は田舎暮らしをしてみたいと以前から考えていたのだが、このたび仕事が一段落したのを機会に、思い切って移住を決断したのだ。

 新しい住まい……いや、実際には古びた家なのだが、昔ながらの藁ぶきの一戸建て農家かと思いきや、なぜか洋館だった。田舎でありながら洋風であるという物件を見つけた時、これはぜひ住まなければと思ったのだ。田舎だけに広い庭、といいうよりも畑が敷地内にあり、連れてきた犬猫にとっても理想的な環境だと言える。

 空家になる以前は一体どんな人が住んでいたのだろうと、世話人の奥野に訊ねてみたが、もうずいぶん以前から空家になっていたということで詳しくは分からないというのだった。ただ、外国人であったことと、それゆえに言葉が通じにくかったのか、ほとんど近所づきあいというものもなかったようだということだった。

 住みはじめて一週間ほど過ぎて、地下室があることに気がついた。家を世話してくれた時にはまったく話に上らなかったし、間取り図にも描かれていなかった。なにしろ家に隣接する納屋に入口があり、その納屋自体、納屋が付いているという情報があっただけだったのだ。

 納屋にバイクやいらない荷物をしまおうとして奥に小さな扉があることに気がついた。鍵はかかっていなかった。扉を開いて中をのぞくと地下に続く階段があるのだが、昼間でも暗くてよく見えない。入口からの自然光でかろうじて階段の先に煉瓦の床が見えていた。灯りはないのだろうかと扉周りを探ってみたら、内側に押し釦があり、そこにはS-Witchと書かれてあった。なんだ、こんなところにスイッチがあるじゃあないか。と、指を伸ばしかけた時、後ろから声がした。

「やめろ。それを押すんじゃない」 

 どきりとした。誰? 振り返ると奥野が立っていた。奥野はこの家を世話してくれた人だが、村の世話役でもある。村のルールやこの家のことをいろいろ教えてくれたのだが、先にも書いたように先住人のことはよく知らないと言った。

「なんだ、奥野さん、驚くじゃないですか」 

「ちょっと用事があってきたんだけれども、納屋の戸が開いていたのでな」

「で、どうして止めたんです?」

 奥野は私に近づきながら言った。

「いや、その釦は押さない方がいいと思うんだ」

「どうしてです? 灯りをつけないと地下に降りられそうにないですよ」

「ううむ。地下室に降りてもなにもないぞ」

「え? 降りたことがあるんですか?」

「いや、そうじゃないんだが」

 奥野はなぜか口ごもった。

「なにか隠しているんですか?」

 奥野は少し困ったような顔をして黙っていたが、やがて口を開いた。

「実はな、一つだけ言ってないことがあってね」

「なんなのです?」

「ここに住んでいた外国人のことなんだが、魔女じゃないかといううわさがあってね」

「魔女、ですか?」

「そうだ、魔女だ」

「それって噂なんでしょ? なにか事件でもあったんですか?」

「いや、そういうことはないんだけれども、その魔女は”S”という名前だったそうだ」

「Sですか」

「そう、Sだ」

「それで?」

「彼女はある日突然いなくなってしまったということで、いろいろ謎が多くってね。……そこにある釦、なんて書いてある?」

「スイッチ」

「そうじゃない。Sウイッチだろう?」

「ええ? S-Wich?? なるほど、そうも読める」

「突如いなくなった魔女。その名前”S”。そしてSウイッチと書かれた釦。それを押したらなにが起きると思う?」

「内容、なにが起きるんです?」

「おそらく、魔女Sが現れる」

「誰か、押したんですか?」 

「いや。誰も押したことがないんだ」

「押してないなら、なにが起きるかわからないじゃないですか」

「そりゃあそうだが、だが、もしその釦を押して魔女が現れたらどうするんだ?」

「その魔女Sっていうのは怖いんですか?」

「それもわからん。わからんから怖いのだ」

「確かに。わからないというのはちょっと気持ち悪いですね」

「そうだ。だから今まで誰もその釦を押したことがないのだ」

 あれから一カ月過ぎたが、地下室には懐中電灯を持って降りてみた。奥野が言ったようにとくになんの変哲もないただの地下室だった。電灯はなかった。電灯がないということは、それを点けるスイッチなどあるはずもない。そのうち電気がつくようにしようとは思っているが。

 そういうわけで、あのSWitcは未だに押していない。押したところで地下室に電灯はないのだし。しかし、いったいなんのスイッチなのだろう。あれを押すとどこかのスイッチがはいるのだろうか、それとも本当に魔女Sが現れるのだろうか・

 ひとつお願いしたい。誰かあのスイッチを押しに我が家に来てはくれないだろうか。

スイッチ.jpg

                      了


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