第七百四十七話_short 片づける [horror(戦慄)]
昔から整理整頓というものは苦手だった。子供の頃は母親からよく注意されたものだ。
「使ったら、元の場所にちゃんと片付けるんですよ!」
元の場所といったって、毎日使っていると遣っている場所が元の場所になっちまうんだから、そこに置きっぱなしになる。そこが元の場所なんだからね。なのに母親からはがみがみと叱られる。
大人になってからは、今度は妻から同じようなことを言われ続けてうんざりしていた。
「あなた、少しくらいは片づけってことをしたらどうなんですか!」
どうなんですかと言われても、歳を取るにつれ、片づけるという行為は一層困難になってきた。棚と言わずテーブルと言わず、私の居場所には本やら紙やらコードやらいろんなものが積み重なって崩れそうになってるのだ。これを片づけると言っても片づける場所等もはやないのだ。
しかし、がみがみ言っていた妻がいなくなり、もう誰からも文句を言われないとなると不思議なもので、こりゃあなんとかしないとゴミ屋敷みたいになってしまうぞ。次第に危機感を持ちはじめ、ついに重い腰を持ち上げてイケアとかいう安物の家具屋に出かけて適当な収納ボックスを購入した。
数日後、家に届いた収納ボックスを組立て、そのたくさんある引き出しに何もかもをほうり込んだ。
本棚の手前に並べたくっていたものも、テーブルの上の書類も、そこここに散乱していたコードやわけのわからないものも、次々とボックスの中に収まっていき、みるみる部屋にはすっきりした空間が生まれた。
ほぉ、こうしてみるとなかなか気持ちの良いものだ。もっと早くこうすればよかった。我ながらよくやったと自分をほめたくなった。同時に、この調子で寝室も片づけてみようかとさえ思うようになった。
寝室にはもうひと月以上足を踏み入れていない。かつては妻がきれいにしていたのだが、その聖域を汚すたびにひどく文句を言われた。
そう思うんならお前が片づければいいじゃないか。
なに言ってるのよ、私が片づける端からあなたが汚していくんじゃないの、キリがないわ。
汚すったって、着ていたものをちょっとそこに置いてただけだろう?
置いてただけって、畳むとか、洗濯機に入れるとか……
ひとりになってから寝室はどんどん荒れ果てていき、これはもう片づけようがないなと諦めかけていたのだが、次第に異様な臭いがしはじめたのには辟易していたのだ。あれをなんとかしないと、そのうち近隣からも苦情が出るかもしれない。だからと言ってどうすればいいのかわからなかったのだけれども。
私はこっちの部屋を片づけてみて、なんだか自信が持てたようだ。そうだ、大きな冷凍ボックスを手に入れればいいんだ。その中に放り込んでしまえば目に見えないだけじゃなくって臭いだって封じ込めることができそうだ。
そうだ、早速明日買いにいこう。そうしてすべてを終わりにしよう。これでようやくすべてを片づけることができる。解決方法が見つかって、私はすっかりいい気持になっていた。
了
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