第七百七十四話_short あのとき君が [literary(文学)]
若い頃に知り合った友人とは、長い年月会わない月日が流れたとしても、不思議なことにすぐに昔のままの関係に戻ることができるものだ。大学を出てすぐに田舎に帰ってしまった剛とは実に二十年ぶりの再会だ。
「本当に久しぶりだ。学校出て以来だものね」
実家の酒屋を継いだ剛は業界の展示会でこっちに来る用事ができたからと連絡をくれたのだ。
「そうだな、お前もたまには田舎に来てくれたらいいのに」
「子供はいくつになった?」
「おう、上の子は来年には中学生になるぜ」
「へぇ~もうそんなに?」
一通りの近況報告が終わると昔話に火がついた。
「しかし、あのときお前に言われたから俺は実家を継ぐ気になったんだもんな」
「え? 僕、なんか言ったっけ?」
「言った言った。絵描きになりたいっていう俺を止めたのはお前じゃないか」
「は? そんな覚えはないなぁ」
剛が言うには絵描きを目指すか実家を継ぐか悩んでいたところ、僕の言葉で吹っ切れたというのだ。若くして両親を亡くしていた僕の言葉が重かったのだそうだ。しかし僕にはそのような記憶は一切ないのだった。
「あのときお前に止められていなかったら、たぶん俺はとんでもない親不幸な人生を歩んでいたに違いないよ」
いや、むしろ逆のような気がする。あの頃、僕は音楽を目指すかサラリーマンになるか悩んでいた。
「そうだったかなぁ? 僕は、夢を諦めたか俺の分まで自分の夢を追いかけろって言うから弾みがついたんだ」
「へぇ? そんなこと言ったかなぁ?」
「そうだよ、君のおかげで今の僕があるんじゃないか」
二十年もの歳月は人の記憶を曖昧にする。いや、むしろ記憶なんて時の流れで書き換えられてしまうのかもしれない。自分は正しい道を歩んできたのだということを証明するために。間違えた道は選ばなかったのだと信じるために。
了
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