第七百七十九話_short番外 ホワイトアウト [literary(文学)]
もしかしたらここは、天国? それとも地獄?
なにもない、何も存在しない空間にふわふわ浮かんでいるように感じられる。そう、壁も、天井も、地面さえないから立っていられないのだ。宇宙遊泳ってこんな感じなんだろうな、きっと。
実優はなにもないところをふわふわしながらぼんやりと考えていた。
天国か地獄かって言えば……全然苦しくも怖くもないからここはたぶん地獄なんかじゃない。でもお花畑もないし天使もいないから天国でもないんだわ。
真っ暗な部屋を経験したことはあるけれども、こんな真っ白な世界ははじめてだ。スキー場で白銀の世界を見たことはあって、それと少しだけ似てはいるけれども、それとも違う。ほんとうに真っ白なんだ。
おととい南へ南へと歩き続けていたら唐突にこういうことになった。なにもなくなってしまって、近くにも遠くにもなにもなくなって、いったいどうなったのかしらと思った。でもすぐに、ああ、物語りが終わったのだと悟った。
最後の物語りでは誰かと一緒に逃げるはずだったのに……ああ、あの人は誰だったのかしら? 名前も顔も思い出せない。でも、なんだか大切な人だったような気もする。でも、思い出せないくらいだからそれほどでもなかったんだわ、きっと。
実優はぼんやりしながらも頭の中では様々な妄想めいたイメージや言葉が浮かんでは消える。
私、死んでしまったのかな?
物語が終わるということは、その登場人物も終わってしまう、つまり死んでしまうってことなんじゃないの? じゃぁ、ここにいる私はなに? 生きているとしか思えないし。
どうして世界と一緒に消えてしまわなかったのか、実優には理解できなかった。こんななにもない世界で一人っきりで生きていくくらいなら、みんなと一緒に消えてしまった方がよかったのに。それとも? いまから少しずつ消えていくのかな? いつか見た映画のように、身体がだんだん透明になって、この白い世界の中に溶け込んでいくのかもしれないな。
何度も同じようなことばかり考えていて、どのくらい時間が過ぎたのかさえ分からない。数分七日、数時間なのか、もしかして数日? 数か月? 知らないうちに何年も過ぎてしまったのかもしれない。そう思うと少し怖いような気持になりかけたが、本当は怖くも恐ろしくも、悲しくも寂しくもない。反対に楽しくも面白くもないのだけれど。
たぶんすべての物事を受け入れて達観した状態ってこんな感じなんだろう。別に死んでもいいし、死ななくてもいい。かつて楽しいことや辛いことがあったなんてことも、もはやどうでもよくて。ただここにいるというそれだけのこと。消えてしまうかもしれないし、消えてしまわないのかもしれないし。
これが悟り? 悟りだとすればそれは新たな世界のはじまりなのか、それとも終わりなのか。
実優は自分が何年生きてきたのか、若いのか老人だったのか、それさえもわからなくなって、ただふわふわと空中を漂うばかりなのだった。
了
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第七百七十八話_short番外 希望 [literary(文学)]
あれ? なんだここは?
気がつくと僕は知らない場所に立っていた。知らない場所?
いや、そうではない。ここは、見たこともないところだ。
まっ白。
敢えて言うなら白壁に囲まれた空間。でも、白い壁があるわけではない。白い空間はどこまでも続いている。
さっきまであった道や木々や空はどこに行ってしまったんだ? なんなのだ、ここは。
僕はだんだん怖くなってきた。なにもない。そして誰もいない空間。なぜ僕だけがここにいるのか。
思い出した。僕はとんでもなく遅刻したのだ。おととい、まるで三月ウサギのように駆けずり回っていた僕は、大事な最終話に遅れてしまったのだ。
そうか。ここはそれが終わった場所なのだ。 そういえば昔、映画で見たような気がする。お芝居が終わってしまってすべてが撤去された空舞台。
空舞台であれば、大道具はなくなってしまっても、舞台そのものはなくなってしまわないはずなのに、ここは大道具どころかすべての存在が無になってしまっている。つまり、世界そのものが消えてしまったのだ。
やはり本当だったのだ。千一話物語りが終わってしまったということは。
僕は昨日、実優と出会うはずだったのだ。彼女とともに最後の時間を演じるはずだった。だが間に合わなかった。たぶん、実優は一人でどこかへ旅にでも言ってしまったことだろう。寂しいと思っただろうか。それとも僕の存在などなかったかのようにふるまったのだろうか。
大切な最後のステージに乗り遅れたばかりに、僕はこの無の世界に取り残されてしまったのだ。
だが、仮に間に合っていたとすれば? どうなっていたのだろう。少なくともここに取り残されたりはしなかっただろうが、消えてしまった世界とともに消滅したに違いない。
さあどうするか。僕は頭を抱え込んでしまった。
想像してみるがいい。なにもない、誰もいない世界にただ一人存在しているということを。
これは生きているということなのか? それとも死んでいる? いやいや、少なくとも僕は生きている。周囲が死んでしまった? いや、消えてしまっただけ。壁もないのに目の前は真っ白。暗闇じゃないだけましだとも言えるが、しかし真っ暗闇と真っ白い世界と、何が違うというのだ?
なにもないからかなり遠くまで見えているはずなのだけれども、ただただ白いだけでなにも見えない。もし何かがあったら、誰かがいたら影くらいはわかるはずなのに。
僕はどうしようもなく歩きはじめた。
歩いても歩いても白いばかりで、前に進んでいる気がしない。でもなにもない白い地面を歩いていることは実感できているので、たぶん歩み進んでいるのだと思う。どこまで行けば、どのくらい歩けばなにかが変化するのだろうか。
僕は前に進むことできっと何か変化が訪れるに違いないと信じて、とにかく歩き続けた。いつかまたこの世界が現れるに違いないという微かな望みだけを抱いて。
了
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第七百七十七話_short FINE [literary(文学)]
よく晴れた朝。実優はいつもと同じように玄関の扉を開けて外に出た。
なにも変わらない、なんということのない一日のはじまり。ただ0冬らしい透明な青空がなんとなくいつもよりも心地よいと感じられて、それが今日という日に相応しいように思えてうれしかった。
どこという当てもないが、一日で行けるところまで行ってみたいと思った。
一日で行けるところといっても、飛行機に乗れば北国でも南国でも海外でさえも、どこにだって行けてしまいはするが、そういうことではない。何より航空券を買うようなお金もない。小さなリュックタイプのタウンバッグの中には小銭の入ったお財布が入っているだけだ。電車に乗ってもいいが、できればずっと歩いてみようと思った。疲れたら休めばいい。お腹が空いたらどこかお店に入ればいい。
どっちに行こう。どの方角に? なにもアイデアは浮かばなかったけれども、普段とは違う方向……南に向かって歩き出した。歩いているうちに身体がほかほかしてきて薄手のダウンジャケットを脱いだ。七分丈のカットソーになると、風が心地よく腕に当った。
「ファイン!」
普段使う言葉ではないけれども、美しい、あるいは素晴らしいという意味の英語が頭に浮かんできて、誰もいないのに口に出してしまった。
「ファイン、ファイン!」
この言葉を言うことによって、さらに心地よさが増すような気がした。
今日は二千十五年十二月七日、月曜日。平日。会社は休みではないのだけれども、行くのを止めた。だって今日は特別な日なんだもの。いつもどおりに過ごすという選択肢もあったのだが、それではあまりにも妻らなすぎると思ったのだ。特別な日にはやはりいつもと違う特別なことをしなけりゃ。
映画を観る。美術館に行く。買い物をする。ジョギングをする。家でごろごろする。
いろいろ考えたけれども、どれもさほど日常と変わらないように思えた。
そうだ、いままでしたことのないことをしよう! そう思いついたのがこの生き先のないミニトリップだった。生き先も決めずに、目的もなくどこかに行ってみるなんてことを、いままでした覚えがない。なんとなく京都へとか、なんとなくお買い物になどという目的の薄い行動は経験住みだが、今回のようなまったく無目的な行動ははじめてだったと思う。
特別な日……今日はなんだって特別なのかと訊ねられたら、よくはわからないけれども、と前置きをしながら説明しなければならない。天変地異があるわけでも、流星が落っこちてくるわけでも、あるいは私自身が病に冒されてしまったわけでもないのだけれども、とにかくこの世界が今日で終わるらしいのだ。
それを知っているのは私だけかもしれない。なぜならこのことはニュースでも言わなかったし、周囲の人を見ていても誰もそんなことを言っていない。
もしかしたら私の頭がおかしくなってそう思い込んでいるだけなのかもしれない。いや、できればそうであってほしい戸mお思うのだけれども。
とにかく今日でこの世界は終わってしまう。
人間、今日が最後の一日だとわかったら、いったいなにをするのだろうか。私のように目的なくさまようのだろうか。あるいは愛すべき人と最後の一日を過ごすのだろうか。
残念なことに、いまの私には最後の一日を一緒にすごすべき人はいない。そしてまた仮にいたとしても、最後の一日を過ごそうなんて言ったら、なにを妄想してるんだ? なんて言われてしまうのかもしれない。
もうずいぶんと歩いてきた。一時間あまるでも案外遠くまで来られるものだ。既に着たことのない見知らぬ街並みを私は歩いている。今日の一日は、いつ、どのようにして終わるのだろうか。想像もつかないが、確かなことは、うっすらと汗を流しながら知らない街を青空を感じながら歩いているということだけだ。
「ファイン!」
私はもう一度声に出した。これが最後の言葉だとも思わずに。
~FINE~
了
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